1996年当時、国民的娯楽と呼ばれたパチンコは、日本中に約1800店、3000万人が遊んでいました。年間に動いたお金は30兆円にも上り、「CR黄門ちゃま」でファンが拡大していました。
1994年の春にパチンコ梁山泊の16名が、1日に78万発を出していました。当時は連チャン機全盛時代で、彼らは西陣の「春一番」などで全国を制覇して歩いていました。
梁山泊のパチプロ集団は週刊誌に連載され、漫画になり、ビデオになり、全国放送のテレビに出て社会現象をおこしていました。